在日本朝鮮人文学芸術家同盟

〈民族教育と朝鮮舞踊 8〉大音楽舞踊叙事詩「5月の歌」

《朝鮮新報》2021.09.08

〈民族教育と朝鮮舞踊 8〉大音楽舞踊叙事詩「5月の歌」

総聯結成30周年記念 大音楽舞踊叙事詩「5月の歌」プロローグ

創作スタッフとしての創造過程(1984.11~1985.5)

1984年11月、私は翌年の大音楽舞踊叙事詩「5月の歌」の創作スタッフの一員として、祖国でのひと月間に及ぶ創作作業に携わることになった。創作スタッフは作家、作曲家、演出家、按舞家、舞台美術家など14名で構成され、舞踊には金剛山歌劇団の任秋子、李美南両氏と朝大、東京・神奈川両朝高の舞踊教員5名が参加した。

大音楽舞踊叙事詩は66年の初公演からは19年、72年の公演からでも13年ぶりに行われるものであった。この公演は、在日本朝鮮人総聯合会結成(1955年5月25日)の歴史的意義と30年の過程、その活動実績を芸術的に形象し、総聯傘下で育った芸術家と青年学生が一堂に結集して舞台に繰り広げる一大スペクタクルであった。

創作スタッフたちは入念な打ち合わせを行って祖国へと向かった。そして主題(コンセプト)と構成、作品(全6章18景)の文学台本、演出台本、作詞・作曲・編曲、舞踊の振り付け、衣裳や小道具、舞台幕や舞台背景(朝鮮幻燈)の原画とネタ(フィルム)など、あらゆる工程のものを祖国の芸術家たちと一緒に創っていった。当時の牡丹峰芸術団、国立交響楽団、ピパダ歌劇団、平壌芸術団、朝鮮人民軍協奏団、平壌音楽舞踊大学の名だたる人民芸術家、功勲芸術家たち10数人は、同胞愛に満ちた助言と労苦をいとわなかった。

舞踊でもキム・ラギョン、ペク・ファニョン、キム・へチュン、キム・ジョンファ(体育舞踊)という朝鮮舞踊界随一の按舞家たちを交えて、舞踊の構図や動作を一緒に踊りながら振り付け、何度も意見交換を重ねた。私にとっては祖国の舞踊レジェンドたちとの初めての合同作業で、先生方の創作気風や情熱、次から次へと湧き出る豊かな舞振り、休憩の合間にする舞踊にまつわるさまざまな逸話に至るまで、学ぶことが満ち溢れるほど充実していた。また、作曲家や舞台美術家との作業も、舞台芸術に携わる者としての資質を高める素晴らしい経験となった。舞台美術の第一人者、ピパダ歌劇団のファン・リョンス舞台美術室長(人民芸術家、労力英雄)は、背景に使う帰国船の原画と、児童舞踊の衣装デザインに異を唱えた、新参者の私の意見までも寛大に聞き入れてくださった。

祖国の舞踊按舞家と一緒に(左から2番目がペク・ファニョン先生、右から2番目がキム・へチュン先生、中央が筆者)

翌年は年始から叙事詩の伝習と公演準備に取りかかった。東京と大阪で行うため、月に何度も大阪に出張し、同作品を2カ所で行えるよう奔走した。私は朝大生(大阪では大阪・神戸の朝高生)が出る作品と、関東と近畿地方(複数校)の初級部生が出演する児童舞踊と体育舞踊(3章5景)を担当していた。朝大舞踊部には20数名しか部員がおらず、男子25名を含む35名は臨時動員である。序章2景の説話と群像「黎明を迎えて」、1章4景の「帰国の航路」での農楽舞、4章1景の「朝日親善の歌」が出演演目であった。

2月28日、舞踊に出演することになった朝大生たちは、決起集会を行い、公演をみんなで成功させようと意気揚々であった。実際には素人の学生たちであるが、それでも彼らはサンモ回しや、アンサンブルの合った舞踊動作をこなすため、「サンモの鬼神(クィシン)」と呼ばれた技術指導学生を中心に、個別練習なども夜遅くまで熱心に行った。ところが、祖国統一のための闘いを舞台化する場面が、途中で急遽無くなってしまった。みんながっかりしたのも束の間、男子学生たちは歌劇団の女性舞踊手とワルツを踊れるようになり、練習場に喜んで飛んで行く現金な姿を思い浮かべると、今でも自然と笑みがこぼれてしまう。3月29日には初回のリハーサルを行い、全体の調整や部分的な修正、駄目出しされた演目の集中練習などをして、ついに本番を迎えた。

朝大舞踊班の責任者であった男子学生は公演後、「カーテンコールの時の感動と興奮は今でも忘れられない。1世の方や同胞たちが涙ぐみながら立ち上がり、マンセー(万歳)を呼ぶ姿に、自分はこの『5月の歌』の出演者として総聯結成30周年を祝ったこと、また朝鮮人としての自負心と矜持を与えてくれた祖国と組織に感謝してもしきれなかった」と述べた。約3ヶ月間汗を流し、繰り返し行った練習の過程で育まれた一体感や数々の美談など、共にした者たちだけが味わい追憶することのできる青春の1ページであったと思う。

公演を観た同胞や日本の各界人士、在日外国人たちの反響はとても大きかった。「幕開けから涙が止まらなかった。30年が走馬燈のように思いだされ、胸がいっぱいになった」「日本では見られない芸術ジャンル-歌と踊りと詩でつづる総合的な芸術、伝統性と現代性が融和された気迫と情熱、躍動感あふれる舞台だった」「出演者が民族教育出身者と今学んでいる子どもたちだとのこと。民族教育の必要性と成果を垣間見た気がした」と称賛した。

大音楽舞踊叙事詩「5月の歌」は、5月20日から23日まで東京朝鮮文化会館で8回の公演を行い、1300余人が出演、2万2千余人が観覧した。29日から30日までは大阪城ホールで4回の公演を行い、1600余人が出演、4万3千余人が観覧した。

公演に参加した朝大舞踊班(55人)と朝高生、児童舞踊(200余人)の初級部生も、私が体験した感動と同様に、世界観形成の上で貴重な経験をしたことであろう。

朴貞順(朝鮮大学校舞踊教育研究室室長)

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